地震が多く、五時間くらい寝ると起きてしまい、集中力も落ちている。
東京国際映画祭の『洞窟』もやってると気づかず(てっきり昨日で終わったとばかり思っていた)、しかし撮影レナート・ベルタがよかったしか皆いわないからそんなものだろうと無視して『デューン』。長い予告という話ふくめて地味とか、悪くはないが面白くもないとか、リンチ版の方がいいとか、ボンヤリ見てしまったとか、そんな評判ばかり聞いてきたが、その通りの映画だった。なんと『ONODA』と同じく天井に張り付いて毒ガスを逃れるというのが出てきたから驚いた。予知夢?らしきものが何度も挟まれて、一向にそこには辿り着かないのも、いつになったら始まるんだろうという気になり、これは最終的にその未来にはならないということなんだろうか。まさかこんな地味なところで終わるとは思わなかった。それでもこれは一概に悪い映画ではない、気がする(でも特に何も具体的に言えないのは、この映画に何か思い入れとか愛着とか全く湧いてこないから)。
『最後の決闘裁判』だいたい『デューン』と同じくらいの上映時間だが、こっちのほうが評判通り面白かった。既に諸々、この映画の解釈をめぐって読んでしまったせいか、だいたいは予想通りだったが、まあ、それは構わないくらいには面白く見れた。マット・デイモンが誰かも最初気づかなかったが、ベン・アフレックだとは最後まで気づけなかった(『デューン』のステラン・スカルスガルドとかも気づけなかったが)。第一章は中世残酷物語かと思いきや、第二章のアダム・ドライバーの話になってから思いっきり『プロミシング・ヤング・ウーマン』というか、コスプレした現代劇へ。『それでもボクはやってない』をどこかで上映した時に「中世」と言われた話を思い出す。たしかに「普通黙ってる」は言い過ぎだとしても、いろいろわかりやすくテーマに沿った話を喋りすぎな気はするが、そうでもしなければわからないだろうということか? そりゃ『エイリアン』の監督ではあるから、別に今になって関心を持ち始めたわけでもないだろう(肉体関係の絡む描写一つ一つの怖さ)。彼女の告発が夫を通じて王へ行った段階で、すでに彼女の望む裁きでははなく決闘へ向かったという展開はさすがにわかる。この希望のなさ、カタルシスのなさ含め、解釈しやすさとか、観客への悪意の目くばせというか、その辺の演出の品のないわかりやすさがなんだか乗れない。面白くはあるが、それほど良いという気にはなれない。