たまに『炎のデス・ポリス』を「傑作とかではないが面白い」とか「まあ、普通」といった感想を聞くが、どうせそれは自分が映画よくわかってないから思うんだろうと被害者意識で黙って聞いてはいるが、本音では、これこそ傑作であって、正直今年これより胸の高鳴る新作映画は『アネット』や『リコリス・ピザ』含め見ていないと思う。まあ、自分は映画のスタッフも上映も何もやってない馬鹿な素人なので、ただの自分で見る能力ない、よくわかってない人の思い込みでしょうが。たとえばギヨーム・ブラックの『みんなのヴァカンス』がこれまでの作家の映画の中でも頭一つ抜けた解放感というか幸福というか、もうどうでもいいくらいの良さだったように、『炎のデス・ポリス』も何かがジョー・カーナハンという名前の収まらない風格に突き抜けたと思う。ともかく、これは何度でも繰り返し見たいけれど、まあ、一回しか結局見ていないのですが。

ニコラス・レイ『無法の王者 ジェシイ・ジェイムス』。録画。いろいろ仕事のことで頭がいっぱいな時に見たせいか、初っ端の撃ち合いから、異様に美しい海への崖っぷちダイブ、雨上がり、もろもろ意識が追いつかず、ただただなんか凄い映画を見た!という感じだけが残る。その意味で『ウィ・キャント・ゴー・ホーム・アゲイン』までブレがない! 記者の出番があるようでないとか、最後はあいつの歌と立ち尽くした人々で閉めるのが本当に視点と時間が狂うというか、何らかの本質に触れているという凄さ、と整理しきれない頭の感想しか書けない。

デヴィッド・リーチ『ブレット・トレイン』期待していたけれど確かに面白くはなかった。最初はいいんじゃないかと思っていたのに、プリンスの芝居につきあわされたり、ブラピが刺される手前で時制がいじられるうちに、ああ、本当に今回はヒッチよりもつまらないタラ風に事を進めていくんだなあと(この監督にそれはしてほしくなかった)、だんだんダレてきてガッカリ。こういうことされると良いところを見る気を失くすくらい、いつの間にか萎えていくのを久々に体感する。でも凄いところは凄いなあと呆れたから、やはり見たほうがいいかもしれない。デヴィッド・リーチの映画は(個人的には『アトミックブロンド』含め)微妙なのに、いつか無茶苦茶面白くなるんじゃないかと気になる。マイケル・シャノンの悪役は貫禄があったと思う。あと終盤のゲストは悔しいけどよかった。

国アカサイレント特集は青山三郎監督『結婚適令記』(33年)だけ見れた。冒頭の自動車事故の撮り方から面食らう。続く鳥の舞う空のカット。鳥たちはもう一回、空はもう一回出てきてどれも驚く。清順の遥か前から予測のつかない画を永塚一榮が撮ってきた、と言っていいのか。タイトルさえうろ覚えだったから『天使の顔』みたいなノワールかと思いきやラブコメスクリューボールコメディと似て非なるような、そのものズバリのような不思議さが面白いというか(この手のことを判別する勇気がいまだにない)。冴えない記者だった杉狂児(「温室の花みたいな」だっけ?僕も言われたことがある)に向かって、『静かなる男』のモーリン・オハラばりの角度で見つめてくる伯爵令嬢が魅力的すぎて何を思うかと怪しくなってしまうくらい。親が選んだ望まぬ結婚相手の前にけだるくやってきた時の反抗期か?という態度がかなり好み。杉狂児との仲が縮まって、それをあえて映画はちょっと離れて見るような雨宿りの場面が、サイレントだけれど二人の声が雨音に消されたかのように聞こえて、そこへ傘をさした女子学生が通りかかっての展開(まあ、彼女には迷惑をかけているが)がさらに気が利いていて、この映画全体に一貫した距離感は感動する(それゆえに冒頭の事故や、中盤の鳥の不意打ちによって崩すのも効果がある)。場面終盤の急変には、そこでの煙の効果もあってか一気にウルっとくる。杉狂児以上に丸顔丸眼鏡の先輩女性記者も単なる通りすがりにしては目立ってるくらいだったのが、彼にまともな指導はしないが、ちょいちょいいやな感じに構ってくるうちに、(これまた『静かなる男』のジョン・ウェインモーリン・オハラじゃないが)杉狂児から壁ドンされるのか?という引っ張られ方をされるうちに(この事務所から廊下への場面転換というか、廊下でのやり取りがまた良い)、なんとも忘れられない輝きを放ってくる。ある時期の市原悦子、今ならオークワ・フィナか? やろうと決めて成し遂げられなかったことはない!という姿勢が最終的に「けなげ」という言葉で済ませられない活躍をするが(というか、もう一人の主役だ)、伯爵令嬢への対抗心から嘘をつくカットでのアップが強調し過ぎない照明の効果もあって余計に恐ろしくなる。序盤に杉狂児を陥れたともいえるカップルが後半話に絡んできて、特に芸者は怖くて色っぽい。「男のヒステリー」起こして暴れまわるかと思いきや、椅子にでっぷり沈んでいる伯爵、憎たらしいわからず屋に見えて、意外とつぶらな瞳が可愛くてびっくり。青山三郎監督について検索したら曾孫が映画を撮っていた、あのシネマ・ロサで上映していた映画かと知り驚く。

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