『映画を語る 東映大泉篇・II』『キングダム エクソダス』『アリゲーター』『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』

『映画を語る 東映大泉篇・II』小松範任、伊藤俊也澤井信一郎小平裕梶間俊一の座談会。構成・仲倉重郎追悼上映でもある。
澤井信一郎が「コマッちゃんお茶にする?」というのを最初に思い出してしまう。
『がんばれベアーズ 大旋風』のくだりで梶間俊一の話だと澤井信一郎がエキストラの動かし方を誕生月別にしたように聞こえるが、「映画の呼吸」によれば、やはりハリウッド式の合理的なやり方であって、別に澤井信一郎がマイケル・リッチー(ちなみに監督はジョン・ベリーだからこれも記憶違いか)らに提案したわけではないと思うが、澤井信一郎は微妙な苦笑いをしていて特にその辺は答えず。あと森谷司郎の『動乱』での泣き方を東映式にした話は笑える、かつさすがの話。(最後に澤井信一郎から「梶間の奮闘が今日は光ったな」とパイセンらしい一言があった)。
とにかく伊藤俊也の喋りが自分がこの世で苦手な話し方をするうちの一人で、それを聞くのがつらかったのはある(マキノのくだりで「自分と澤井は性格が正反対」というのだが、本当に喋り方まで正反対だ)。だから小松範任が伊藤俊也≒トラブルメイカーのくだりで「言い方の問題だな」「このセットつまんないなあ、とか言えば流されるのに、ここは○○○○だから駄目だと思います、みたいに言うから現場が止まるんだな」と返すのに笑った。
小平裕の「東映に入りたかったわけじゃない」からの澤井信一郎監督の「俺はそんなことなかったけど、小平はどこに行きたかったの?」とか誰が言ったか忘れたが「東映だから自由にできたんだよ」みたいな話の内に「東宝に入りたかった」というのは意外だった。

仲沢半次郎の話をよく聞いたという梶間俊一の思い出として、鶴田浩二の背景にあった灯篭が一個消えていたから断固として撮り直させた、鶴田浩二は「あんなところ誰も見ない」と怒っているが、仲沢半次郎いわく、一人暮らしの家に帰って、それまで立っていたものが倒れていたら泥棒が入ったんじゃないかとか怪しむだろう?だからそういうところはちゃんと繋がるようにしなければいけないと。

他にも小松VS大川博とか、伊藤俊也から深作欣二監督デビュー時の話(「深作欣二は二段階革命論ならぬ二段階監督論をかたるがそんなの嘘っぱちだ!」)とか、覚えている面白い話は、いろいろあるので、やはりなるべく頑張って覚えておくことにする(ここまで書いた内容はさらにいい加減な自分の記憶によるものではある)。

 

『キングダム エクソダス』。実はシーズン1、2も見てないままだが。過去作の劇場公開を喜ぶべきかもだが(なんと冒頭は過去作のDVDをプレイヤーから取り出して「これじゃ終わっていない」とか言いながらキーワードをメモする)、すっかり「その前に配信か再ソフト化をして自宅で予習させてほしい」という気分。
清々しいほどタルい話と、清々しいほどのバッドエンド。ただ悪魔の呪いかクーラーの利きすぎで腹を痛くし、次の予定に間に合わなくなる。こんな悪魔の話が霞むくらいスウェーデンデンマークの話とは知らなかった。お隣さんが喧嘩してると悪魔がやってくるということか? 街に出てからすれ違う奇人変人が悪魔の手先に見えてくるなど。まあ、監督本人は出なくていいような、そうしないとオチがつかないか。
これに乗れたらシーズン丸ごと映画館で見ようかとも思ったが、そこまでの意欲は湧かず……というかむしろ力を奪われた。
この調子でベロッキオの『夜のロケーション』も公開してほしいな。

 

翌日、ルイス・ティーグジョン・セイルズロバート・フォスター✕ヘンリー・シルヴァ✕ワニな『アリゲーター』もようやく見る。
本当にもうようやく見た。
ロバート・フォスターが若禿を気にする刑事役の映画とは知っていたが、なんだかんだ後回しにしてきて、この機会に映画館で見れて良かった。
今なら、というか今見ると妙に安いCGタッチになるワニが街をゆく俯瞰も見れる。
そして発情するヘンリー・シルヴァ! しかも『キングダム』の誰かさん並にセコくて死ぬ。
今日もシネマート新宿はワニが産まれないくらい寒かった。
いかに自分が最近普通に面白い映画というものを見てなかったかも思い知った。

命知らずなのか浅薄なのか、なんだかはしゃいでいるけど良い味出してる相棒が最高なんだが、しかしロバート・フォスターの相方は死ぬという予言というかお約束なので(フォスターからも「長生きしないぞ」とか言われる)容赦なくワニの餌食に! 
ワニの名前はラモン。理由は知らない。
気の利いた展開(というか台詞、やり取り、まさにユーモア……ある意味『ハタリ!』や『モンキービジネス』『赤ちゃん教育』の延長線?)の流れで、しかし『ジョーズ』の海開きや、『ピラニア』とかより悪辣な市長と病院長の癒着という設定もいいが、もはや一切の論理性を無視してワニが市長と病院長のパーティーを襲撃する! それがワニのルートだったわけだが、もはや因果応報以外の論理を必要としない飛躍。ワニは尾っぽをフルスイングする事で人を殺せる! このリーチの長さと、慌ててるんだか初動の悪い運転手のせいか、もはやジワジワというか容赦なくお約束の権力者皆殺しへ向かうのだが、このシナリオの強さと演出の迷いのなさは何と魅力的か。
ヘンリー・シルヴァがセコすぎて、ロバート・フォスターのデート中に死んでるというのも最高で、本来フォスターの悲しい過去を聞くはすが、ヘンリー・シルヴァが独断で無駄な死に様を披露したり、なんの罪もないどころかむしろかなり救いのない子供の死まで映してるから、恋人に喋ってるフォスターが思い切り暢気にやってる印象に変わる! これは『バービー』のケンを放置するより凄い作戦であるし、確信犯。

 

クローネンバーグ『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』。
こんな何も解決していない映画だったとは。
いや、残された謎があるようで特に思い浮かばないのがリンチと全然別物だが、あの女殺し屋二人組が何だったのかはこっちの理解が及ばないだけか。
輸入盤買って見た時は説明的とか何も思わず、イキそうな顔で何やら喋ってる人たち(特にクリステン・ステュワート)ばかりだなと意味がわからないなりに見ていて面白おかしかったが、字幕つけると黒人の刑事が馬鹿なんじゃないかというくらい、わかりやすいことを喋る(ついでに自分のコブまで見せてクリステン・ステュワートから「それは手術で除去してください」とか言われる)。「あの名前何だっけ」とかわかりやすい前振りまでされると、さすがにユーモアの度を越してクローネンバーグの演出が下手なだけかもしれないが、もう今更路線変更もできないだろうし、それこそ昔の『クライム・オブ〜』ならモノローグが延々続いていたりしたから、そのパターンと思えばいいか。
ヴィゴ・モーテンセン昇天というか(まあ、死んだかわかりませんが)、結局この後どうすんだよという。レア・セドゥ対クリステン・ステュワート(『華岡青洲の妻』ばりのバトルを期待)も全然決着しないのが良いような悪いような。クリステン・ステュワートって勘の良い人なんだろうな、と思わず感心するほどクローネンバーグ色に染まったイキ様に笑ったが(ヴィゴの「普通のセックスは苦手で」という返しがツボ)、レア・セドゥの裸はやはり強い。というかレアがレアのままクローネンバーグの映画にいるということのほうが立派な気がしてきた。レアの額のキモくて間抜けな変化は笑ったというか、何なんだ。

あとは近年のインスタレーションの主題らしい亡骸の映し方だが、序盤に死んだ人物が冷蔵庫内にて予想外に綺麗に存在していて、しかしいざあのベッドに置かれた時の(『呪怨』じゃないが)白さ。そのこだわりはともかく、あの日本公開によるボカシはさすがにガックシくる。『バービー』のツルペタお股の話を思い出した。