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国アカのサム・ニューフィールド『草原のハーレム』は記録的寒波の日に一気に眠気に襲われダウンした上に、目が覚めてる範囲も「漫才か」「低予算だな」くらいの印象で済ましてしまったのだが、今日アマプラにある同じ監督の『空飛ぶ翼蛇』を見たら、これが天窓あけてケツァクウァトルの飛翔場面がやはりチープだけどなかなかオッと言わせたり、暗闇でモゾモゾしたり、影だけ映したり、煙を吐いたりして何とか雰囲気出してたり、ただそれ以上にラジオ取材のパートがよくて、特に真犯人や、それを知らない娘も含めてテーブルを囲んでラジオのために語るシーンが充実していた。地味ながら会話が続いているだけでも、ちゃんと目が覚めた状態で見れば全然飽きさせない。面白い。さらにネットで(まあ、見れるなら見ちゃいますよね、すみません)西部劇『Phantom Ranger』というのを見たら偽札作りの話か、悪事に協力させられる博士を悪党たちが囲んでのやり取りが字幕ないけど、地味、かつじっくりあって不思議とオッと思わせてからの(この辺は疎かにされてない)、輪転機にオフの音声重ねての状況説明も効率よく、その後の追跡劇や銃撃を撃たれた側メインに撮る繋ぎもよくて(しかも死んだふり)、またここでも暗闇での灯りや煙の見せ方も面白い。あとどっちもオチにオフのやり取りを挟んで本当の意味で気が利いた演出をつけている。

コズミック出版に収録されているサム・ニューフィールドの映画『アウトローの女』(52年)も見た。『草原のハーレム』が1937年に黒人専用劇場での上映を目的とした「黒人映画」なら、こちらは女強盗団を中心にした「女性映画」ということになるから興味深い(アラン・ドワンの『私刑された女』をどこか彷彿とさせる)。それまで町の経済を居酒屋での賭博で回してきたような彼女たちだが、そこへやってきた男たちが選挙制度を導入し、女性は選挙に出馬もできなければ投票権もなく、最終的に市長となる男との結婚を進んで受け入れることになる。この微妙さをどう位置づけるべきか。ボディガードの屈強な女が煙草に火をつけるためのマッチの擦り方がカッコいい。本作でも限られた舞台に、それなりの人数がひしめき合っているのだが、マリー・ウィンザー演じるボスが町の女たちの歴史を語る序盤ではカメラに背を向けて始めていて、背景の聞き手たちの顔を見せる撮り方をしているのが珍しい。改造されたガンベルトによって、銃を抜かないまま、角度をあげれば撃てるという「早撃ちの勉強」をした男たちが、どちらも最終的には自らも撃たれる結末を迎える(そして一人は生存しても医師から「もう二度と早撃ちはできない」と諦められる)。

こんななかなか面白い監督の(Twitter見るとせっせとちゃんとサム・ニューフィールドを追ってる人はいる)せっかくの上映をグースカするなんて勿体ないというか、罰当たりというか、弛んでるというか、まあ、いわゆる修行が足りないなと改めて(あと一日あるが仕事で行けない)。