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マノエル・ド・オリヴェイラ『アニキ=ボボ』と『レステロの老人』を続けて見ると、子どもたちが一気に老人たちになっても、あまり違和感がなかった。カリートスとカミーロ・カステロ・ブランコの扱いも、主題的にも同じような。画面に映らない『絶望の日』の煙が霊となって宙を舞う姿を想像したくなる。波を漂う本が既にどのようにして撮ったのか想像したくなる魅力があって、そして木々のイメージとドン・キホーテの画が重なり合って煙のようになる。ソクーロフのじっと見ていると意識を失いそうになる画とは、また別の意味で、自分が何を認識して見ているのか分からなくなったとき、映画のなかに霊がやってくるのかもしれない。(もしくはサイレント期の映画に通じる、奥行きの感覚を狂わせる画の力。『アンジェリカの微笑み』の写真。アラン・ドワンの窓やフレームの使い方。リチャード・フライシャーにも時折感じるもの。)コクトーの逆再生を見た時のような気分になった。