『夜の浜辺でひとり』『それから』

 

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夜の浜辺でひとり』、見返す度に印象の変わる映画に違いないけれど、ひとまずキム・ミニの異物感に尽きる。ハンブルクという地名が頭に残らない(英語ならばどこでもよかったのか、単に僕が地理に疎いかボンヤリしていただけか)前半部の、画面に漂う空気の冷たさから掴まれる。あとはもう彼女を見ているだけで満足なくらい。ぶった切るような幕切れが突き放されながらもポジティブになれた。にしても最後の酒席での爆発が、ただキレたというわけでもないのに凄まじかった。場の空気を変えてしまうおかしさや気まずさなら見覚えがあるけれど、それとも違う。ともかく男を泣かせるのに、まるでいきなり銃を抜いたくらいのスピードというか反射神経があった。書籍などフェイクに違いない。何度も繰り返された食事と酒の席の積み重ねかもしれないし、いつになく犯罪による逃亡者の映画、もしくは濡れ衣を晴らすためとも、復讐のためとも読み取れるような旅であって(もしかしたら『黒衣の刺客』やモーリー・スルヤの『殺人者マルリナ』と並べられるかもしれない)、しかもあんなオチが待っている。最後の横たわった姿から立ち上がって去っていく後ろ姿はヘンテコだし笑えもするけれど勇気づけられる。ただ映画館の客席から立ち上がって退場する彼女のカットは、ホン・サンスの映画の中では例外的なくらい「普通」だったと驚く。そのあたりの印象と実際の画面のズレは相当デカそうなので、一回見ただけで適当なことを書いたら後悔しそうだが、いろいろわからない映画だった。

今のところ『それから』のほうがさらにとんでもなかった。『夜~』のキム・ミニは一秒も目を離したくないくらい魅力的だけど、『それから』は最初の印象よりもどんどんと美しくなって感動する。中華料理屋の窓辺にいる彼女を逃さないために思わずカメラがちょっと寄ったみたいな瞬間が、実は偶然じゃなく計算なのか判別できないが、そのまま『夜~』終盤を反復するような、テーブルを挟んだ男女を行き来うパンへ移っていくところが妙に怖い。男の笑い声が耳に残る。

ここまでヘンテコな時間が過ぎていく映画はコッポラの『ヴァージニア』以来な気がする。そして清水宏の映画も思い出した。『万引き家族』は清水宏を参照していたかもしれないが、それでも『それから』のほうが狂っている。夜道を家に帰らず、いきなり泣く中年男性が全く無垢な存在に見えないのに、なぜだか清水宏の少年のようだった。おうちに帰れない人々の映画なのか。にしても彼を呼び止める女の声は誰だったのか。
『それから』というタイトルは予想通りというか、最後の手渡される夏目漱石の書籍から来ているけれど、これも「タイトル考えるの苦手なんで」というユーモアにも、逆に答えの出ない謎を映画にかけられたようでもあって、とても良かった。
「忘却」というテーマはホン・サンスではおなじみだし、チョン・ジェウンの『蝶の眠り』にもあったが、やはりキム・ミニはホン・サンスの映画においては半分迷い込んできたような、溶け込み切らない魅力がある。彼女が男に「私を忘れたんですね」という時、そして「アルム」という名前を男が思い出すのには素直に感動する。その後も彼女が男に対して「前にいただきました」と返す時、突き放した冷たさなのか、優しさなのか、まだ経験の少ない僕にはわからないことなのか。ただ、これ以上交わす言葉はたぶん見つからないし、もう語る必要もないようだった。それでいて謎めいている。これが映画の余白なんだと思った。