『エリーゼを解く』(松本恵)

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彼女は恋人を友人に奪われたから傷ついているのか、元ボクサーは何に挫折したのか、ひとまずそれが見ている僕にとってどれほどどうでもよくても、映画は良かった。電話越しの元ボクサーの話が止まらなくなった時、まともに聞いたらウザいかもしれないのに、それを何も返せず(返さず)しばし黙って付き合う時間が充実したものになる。そんな時間が訪れるまでの何を見せて、何を見せないか、映画の演出だと思う。『王国』の「密度の濃い時間」という言葉を思い出した。終盤、元ボクサーが「高所恐怖症なんで」と唐突に言ってからの、フルサイズの彼女とのカットバック、まだ彼の辿り着いていない空間と切り返すところも、階段を駆け上る音が聞こえてくるのも、そこから手を繋ぐまでも良かった。大事なものを自ら手放して落としてからの上昇。あえて彼女と彼の興奮を緊張込めて抑制していても、見ている側は最高に興奮出来て幸せだ。

https://aoyama-theater.jp/pg/3450