「世界に杭を打つ 上映会vol.1」へ。

三浦翔『ラジオ・モンタージュ』は、タイトル通りといえばタイトル通りの映画になっている。正しく「切り返し」についての映画。その切れ味だけでいえば『親密さ』より遥かに、誇張して言えば初期ファロッキ見た時のように刺激を受ける。こんな映画が絶えず作られるべきなんだろう。国歌斉唱をするオーディションという『人間のために』の「安倍太郎」に続きわかりやすすぎる設定から始まり(そこが好きなんだが、しかし「起立」でカット割るのはあんな単純でいいのか、再見したら、あれでいいってなるかもしれないが)、ラジオ局に見えない空間からのラジオとタクシーの切り返しを経て、声と言葉のズレは増幅していき、トンネルに入ったタクシーこそスタジオのごとくシャウトしたくなる空間へと変わっていく。

清原惟『音日記』は『わたしたちの家』のように落ち着かないところで終わる。ひとつの空間が二つの時間に引き裂かれる(いま思うと『最終絶叫計画4』の『呪怨』の日本家屋と『宇宙戦争』の家が同一空間にされているのを強引に連想できる)ように、二人の同居人の物語は分裂していき、彼らの間のキャッチボールは、一人になって壁打ちによる居心地の悪さへ向かう。その終わり方で本当に良いのか、よくわからないけれど……。にしても『わたしたちの家』の『ドント・ブリーズ』になったみたいな終盤も驚いたが、『音日記』もアクション寄りのホラーになっていくあたり、かなり盛り上がる。球の落下で音が消えるのは微妙に感じたが……。かつてバロウズがカセットの登場を機にもっと混沌とした世の中になるはずだったと嘆いた記憶があるが、『白夜』の「マルト…」、ペンギンを壇上から地下水路へ引きずり下ろしたバットマンのように、その混乱を実践した映画かもしれない。