夜勤明けのため正直字幕がうまく頭に入らなかったがシャンタル・アケルマンもまた『No home movie』で、一周して若返る境地に達していたと思う。カメラを持つ手が震えようが、フレームが四角いということと同じくらい、映画は揺るがない。二階から見下ろす先にある椅子だってヴァロットンのようだ。スカイプ越しの画面さえ醜くなく窓になっている。荒野と家を行き来するうちに『アメリカン・スナイパー』がよぎる。そして靴紐を結び直す。明らかに映画は母も娘も消えてしまっても、あの家と窓と同じように残る。どこか辛辣な面こそ受け止めるべきなんだろうと思いつつも、ただただ爽やかな気分で向き合いたい。