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瀬田なつき『PARKS』、やはり良かった。死者が絡むとグンと響く。明らかに条件が悪くて駄作になってる吸血鬼のTVドラマもみーくんまーちゃんも死者が絡んできそうなスレスレで寸止めになる。そのこと自体、映画が真に死者と絡もうとすると諸々の圧力を受けるんじゃないかと思いたくなる。
「夢と祈祷師」に収録された、鈴木清順が『けんかえれじい』について大学生の質問に答える講演を読み直したら、映画が運動なわけがない、人間が事件をきっかけにして変わろうにも変わりようはない、変わらせるとしたら幽霊にするしかしようがない、というようなことを言っていた。正確には違うんだが、なぜだかそのことを思い出しながら見た。
3月11日をきっかけにして(それからの安倍晋三と取り巻きの現状も含めて)変わるというよりも、『SHARING』や『息の跡』がそうだったように、瀬田なつき監督の映画も『5windows』の水辺の幽霊に続いて、死者が絡み、人の言葉を想像する。『PARKS』はついに死んだ人たちも生きている人たちも、そしてやはり訪れる死んでいるかも生きているかもわからない、おそらくは世代のズレを観客にばらしながら時空の歪みから登場したような少女も現れて、同じ公園で歌う。しかし彼ら彼女らが全員同一フレームにおさめてしまいそうなところで、とどまるか、なくなるか、わからないが後は観客に託すかのように、あえて切り返す。その倫理に心動かされる。瀬田なつき監督の映画は、いつもそのように終わるのだが、今回はさらにその先の最後の最後の車窓に惹かれる。
最初に橋本愛がギターを久々に弾くところに一番感動した。自分の感覚を思い出すということが何よりも良い。