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ホン・サンス『今は正しくあの時は間違い』素晴らしかった。会場で会った他の人たちに比べて、自分はいい感想も何も言えないんだと劣等感ばかり募った。『岸辺の旅』の、パソコンが壊れたままになるみたいに、いまに生きながらにして死んだような扱いになるのだろうとも。そして古典映画に語学の不勉強さも、何より将来への展望のなさ、人に返信すべきメールをなかなか書けないくせに、書く必要もない愚痴を送ってしまう、愚かさも。

ジョー・ダンテ『ゾンビ・ガール』。墓穴がスクリーンと重なり合って暗くなるオープニングから素晴らしく、しかし直後、暗闇とともに早起きのせいか予期せぬ眠気が襲う。一瞬気がついたら、もう別れの瞬間になっていた。なので彼女の生前のああだこうだを見れず……。ただ久々に人にいろいろ話したくなる映画だった。直後の葬式からテンション上がる。本当に葬式、いや棺を撮るのが好きな人だ。棺がソファと重なり合い、死の境界が不幸な愛と別れによって平然と跨がれ、冒頭部分のためにも当然再見しなくてはと悔しさが募る。枯れていく草木には『岸辺の旅』の方がそそられたけれど、圧倒的に死んでからの彼女が美しい。彼女が草木よりも繊細に朽ちていく。『死霊のはらわた』や『エクソシスト』、ティム・バートンにおけるヘレナ・ボナム・カーターを余裕で凌ぐんじゃないかとも思う。あとは、蠅か。『GONINサーガ』の竹中直人にまとわりつく蠅とともに、蠅が出てくること自体素晴らしい。彼女の首が外れてから、自分で直すときに特殊メイクではなくカット割りと彼女のチャーミングな仕草で見せるあたり、笑いつつも泣きそうになる。細部のTVや小ネタも、もはや注視する必要なく、ただ当然のようにそこにある。それを一々指摘する気など起きず、ただそれがもう現実でしかない。彼女が平然と死体のままそこにいるように。彼女に隠れて行うべきことも、死体なんだから外出されたほうが困るはずなのに、屋内でロクに気を使わず試みようとする。で、いきなり背後にいて驚く。中川信夫にも通じる、この辺のユーモアを忘れないでいたい。おそらく序盤意味ありげにあった呪術の装置も平然と煙のように消えていき(ただ図鑑の見せ方の簡潔さに痺れれる)、息もつかせぬまま、ただただグッとくるとしか言いようのないクライマックス。クレイヴンやドワイヨンより熱くなる闘い。これ以外、いま見るべき映画があるんだろうかとウットリした。

 

まあ、それから見た『ジャクソン・ハイツ』(フレデリック・ワイズマン)がこれまた、ただただ熱くなる映画で感動した。

自分のやるべきことを放棄していたが素晴らしい映画ばかりの一日だった。