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昨晩、寝る前にグラビア目当てで買ったままほとんど読んでいなかった青年誌を手に取った。

驚くほど、いくつかの漫画に描かれている登場人物と自分が重なった。むしろ「重なっていないと思っているあなたはとんでもなく自分のことしか見えていない」と言われているようだった。こんな経験は『ダークホース』(トッド・ソロンズ)以来だ。トッド・ソロンズは「この映画で日本に多いらしい引きこもった人物を主人公にしたのは、決して社会学的な興味からではない。たんに低予算で撮れる題材だと思ったからだ」とか言っていて「ヒドいこと言うな」と思ったが、多かれ少なかれこの漫画たちも、読者の心を掴むために節操なく、このような題材を選んでいる気がしてきた。たんに自分の思い込みかもしれないが。

世の多くの男性たちが、自分の行動を青年誌という名の鳥たちから見下ろされている気がしながら、「客観視」できるよう振る舞っているのだろう。

毎日ブログを更新しようと決めているが、しかしここに描かれている中途半端に充実した日々からは映画や美術館よりも、青年誌の匂いがすることがわかった。この能天気な日々の崩壊する瞬間を待ち望んでいる読者がひょっとしたら2、3人いるかもしれない。

 

ほとんど一日バイト。

 

物語らしきものがほとんど思い浮かばず、世の動きに対する不満も大したことも言えず、映画や本や絵画の内容も記憶できず、ひたすら自分のことなら何時間でも、何日でも際限なく話せる。こんな人間には、青年誌を読む以外の選択肢は残されていない。

まあ、いい歳して自虐的なことを書いて、自分に何かある振りをすること自体が青年誌の登場人物そっくりだから、もういい加減にしたい。