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『旅の口実』(木下亮)について
一つ一つの簡潔な言葉が、映像と音との関連のなかで果たす機能の聡明さに嫉妬する。

「(……)へと導かれたわけである。この偶然の持つ意味は計り知れない。」

文字にすると傲慢にさえ思える言葉で「旅の口実」が語られる。

「明日訪れるであろう感傷に対して、距離を置いて、気持ちを整理しておく必要があった。」

映画は「感傷」など画面に映るはずがないことを物語る。「導かれた」「訪れるであろう」などと言葉にしてみたところで、少なからず想定とはズレていくはずの風景に対し、あえて緩く構えたように思われるフレームとユーモアでもって対峙しようとする。言葉と映像との間、自らの記憶と観客が受け止める印象との間、そこにあるべき適切な距離が保たれる。感傷とは異なる生々しい現在が、窓越しの海に少しずつ反映される。
この旅は、どの口実でもっても言葉にできない何かによって突き動かされているのかもしれない。